歯の散歩道

この間ある講演会で故・石川純先生のお名前を耳にしました
演者の先生が石川先生の著書「人間はなぜ歯を磨くか」を引用されていたのでした

あ、忘れていた…

昔の記憶が甦ってきます

石川純先生は大正生まれの歯科医師で歯周病専門の先生です
アメリカに留学して歯周病の治療に歯みがきが非常に重要であることを学んでこられ、
ブラッシングの大切さを日本に広めた先生です
帰国されたのが私が生まれた頃のことでした

歯周病(当時は歯槽膿漏と言っていました)の治療に歯みがきが大切だ、
なんていうことは当時の日本では全く考えられていませんでした
歯周病の治療には専ら歯石を取ったり、歯ぐきを切ったり、
またグラグラの歯を固定したりという方法がとられていました
そんな技術を学びにアメリカに渡ったのですが、
ブラッシングの大切さを学んで帰ってこられたそうです
そんな石川先生に対する当時の日本の歯科界は冷ややかで、
最初はなかなか受け入れられなかったそうです
歯みがきの重要性は今では歯科医だけでなく広く一般に知られるようになりましたが、
50年ぐらい前のそのころは、日本中の誰もがそんなことを知らなかったのでした


石川先生は東京医科歯科大学の保存科の医局で私の父の先輩でした
1970年に北海道大学歯学部の教授になられて、
私が入学した1982年には学部長を退官されました
何かと行儀のよくない私でしたが、いろいろと気にかけてくださいました
学部長を退官されてその後、1986年に出版された本が、
「人間はなぜ歯を磨くか」　　です

学生時代の私は勉強と遠く離れたところで生活を送っていましたので、
父から、いい本だから読んでおくようにと渡された時も、
ハイハイと返事をしつつ積読本になっていたのでした

あれから二十数年経ちました
父からもらった本はどこへ行ってしまったのか…
先日、ネットで見つけた中古本を購入して読みました
随分と長い間やらずにおいた宿題です

本の内容はタイトルどおり、なぜ歯を磨く必要があるか？です
現代人の口の中の環境悪化に対する警告の書ですが、
留学することになった経緯や、
どうしたら皆に歯みがきの大切さを分かってもらえるかという苦悩など、
石川先生の歯科人生のまとめのようにも思えます
文章は堅苦しくなく分かりやすい説明がありますが、
専門用語が普通に出てきますので一般の人向けではないのかもしれません
学生向けの本のようにも思えますが、
臨床を２５年以上やってきた今読んでも面白いです

人間はなぜ歯を磨くか (1986/03) 石川 純 商品詳細を見る

現在まで歯周病に関する研究は世界各国で長年行われていますが、
いったい人間の口の中の環境はどのくらい改善されているのでしょうか

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この二枚の写真はサルの口の中です
違いが分かりますでしょうか？
左のサルは歯の周りの歯ぐきが赤く腫れて炎症を起こしています
プラークもべったりとついています
右のサルの歯は沈着物で多少色がついていますが、
ピンク色で引き締まった健康的な歯ぐきです

モデルは野生のサルと飼育されたサルです
どちらが飼育されたサルか分かりますか？

左が飼育されたサルで右が野生のサルです
今から50年も前の話ですが、
野生のサルと飼育されたサルを300頭ぐらい調べた研究がありました
むし歯や歯肉炎は野生のサルではほとんどみられなかったのですが、
人工飼育のサルでは飼育期間が長ければ長いほどむし歯や歯肉炎になっているのでした
野生のサルにむし歯や歯肉炎が全くなかった分けではありませんが、
むし歯もエナメル質までの小さなむし歯くらいで、
歯肉の炎症もそれほど強いものではなかったようです
一方飼育されたサルではむし歯が象牙質深くまで進行したり、
歯の神経まで達するものも少なくなかったようで、
歯肉の炎症も野生ザルに比べて多いのでした

また、プラークや歯石の付着状態も比べてみると、
プラークは飼育ザルの方が圧倒的に多かったのでした
野生ザルの中には年をとっても全く歯石がついていないサルも多数いたようですが、
飼育サルの場合には、まだ乳歯のうちから歯石がついているものもみられましたし、
年齢とともに歯石の沈着は増加していたそうです

こんなにも歯ぐきの状態が違う最大の理由は食べ物ではなかと考えられています
野生ザルは山の中で何を食べているかご存知ですか？
昭和３０年代に高崎山で調べた結果、
野生ザルの食べ物は木の葉が全食物の40％ぐらいを占めていたそうです
木の実は20％ぐらいで、その他は樹皮や若枝、花など
こうしてみると繊維質のものがほとんどですね

犬でも食物の固さが歯ぐきに及ぼす影響を調べたものもあります
1930年代のの研究ですが、
固い餌をそのまま与えた犬の歯ぐきと、
同じ餌を水につけて柔らかくふやかして与えた犬の歯ぐきを比べたのでした
1年間餌を与え続けた結果、
固い餌を食べていた犬の歯の表面にはプラークも歯石もみられず、
歯ぐきは健康な状態に保たれていました
一方柔らかい餌を食べていた犬では、
歯の表面に大量のプラークと歯石がついていて、
歯周病にもなっていたことが見た目だけでなく病理所見からも実証されました

このように食事が歯や歯ぐきの健康凄く影響を与えることが、
サルや犬で確認されています
繊維質や固い食べ物では歯みがきをしなくてもプラークや歯石はあまりつかないようですね

（写真は故・石川純先生の「人間はなぜ歯を磨くか」より引用させていただきました）


さて、現代の日本の食事ではプラークがつかないようにするのはほとんど無理でしょう
ついてしまったプラークをきれいに落とすためには歯ブラシが必要になってきます
歯周病とかのことをよく知らない昔から歯ブラシはあったようですが、
昔の人はプラークが体によくないということを感じていたのではないでしょうか

   （ブラッシングがうまく出来ていない歯ぐき） 
    （ブラッシングが上手にできている歯ぐき）

日本では時代とともにどんどん食べ物が柔らかくなってきたような気がします
歯と歯ぐきのブラッシングはますます重要になってくるのでしょう

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以前、石川純先生の著書「人間はなぜ歯を磨くか」のことを書きました
この本は歯みがきがむし歯や歯周病の治療や予防に大事だということについて、
一般の人が読んでも分かりやすく書かれています。
出版されてから３０年
むし歯予防と歯周病予防に歯みがき！
大手メーカーのコマーシャルのおかげもあると思いますが、
歯みがき大事ということが世間に大分認知されるようになりました

では現状はどうでしょう




この図は厚労省の健康情報サイト、eヘルスネットから拝借してきたものです
誰でも見ることができます
これは歯の数の平均値を年齢階級別に示したもので、
1980年代以降増加傾向にあることがわかります
たとえば60歳前後（55～64歳）に注目すると、
1975年では14本でしたが、2011年には23本まで増加しています

以前に比べて皆さん大分歯が長持ちするようになってきたようです
海外の先端技術や思想を取り入れている歯科医が、
日本の歯科事情を批判することは珍しくありませんが、
無歯顎（歯の一本もない人）の人の割合は、
アメリカやイギリス、フィンランド、デンマークなんかより全然少ないです
（eヘルスネット参照）
意外に日本人の歯は長持ちしております


しかし、最新の調査に注目してみますと、
年齢とともに歯が失われていくことがよくわかります



この図は一人当たりの歯の数の平均値です（２０１１年調査）
６０才前後の人たちの歯の数は平均だいたい２３本
７０才前後の人たちの平均値は１９本
７５才以上になると平均１３本ぐらい
徐々に歯が失われていきます




２００５年に２０００軒の歯科医院で抜歯の原因を調べた結果です
このグラフを見ると抜歯の原因は歯周病やむし歯が圧倒的に多いです
破折というのは加工した歯が割れることが結構あります
間接的にむし歯や歯周病が関係していることも多いでしょう
そう考えると歯を失う原因の８割ぐらいが歯周病かむし歯です
昔よりむし歯や歯周病が減ってきたとはいえ、
まだまだ多くの人に問題を起こしています




年を重ねるごとに歯の数が減っていく
義歯を入れる人が年齢と共に増えていく
歯が減る原因のほとんどがむし歯や歯周病である


たいていの人はむし歯や歯周病になると歯医者に行きます
歯医者に多くの人が行っているのにこの現状です
（人はなぜ歯医者に行くのか・・・）


先日ある病院のスタッフを対象に歯のお話をさせていただきました
タイトルは「人はなぜ歯をみがくか」


石川純先生の本のタイトルそのまんまですが、
無礼を承知でお借りしました
なかなか素晴らしいタイトルです
本は絶版になっちゃいましたがこの言葉が消えていくのは惜しい
現代人である皆さまにも是非、自分に問いかけてほしいフレーズです



なぜ歯をみがくか
石川純先生や父から出された宿題です


世間の皆様に知ってもらえるよう
少しずつですが、その答えを出していこうと思います

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現在日本ではたいていの方が毎日歯みがきをしています
厚労省の調査によると毎日歯みがきをする人が９５％、
一日二回以上歯みがきする人が７０％以上もいます
（２０１１年　歯科疾患実態調査）
かなり歯をしっかり磨いている国民であると言えますが、
歯みがきが重要であると言われるようになったのは、
それほど昔のことではありません


朝に歯みがきをする人が多いと思いますが、
歯みがきをする皆様は食事前にするでしょうか、それとも食後でしょうか？
現在私は一日三回食後に歯みがきをしています
（職業柄あたりまえと言えば当たり前ですが）
家内も息子も食後に歯をみがきます

しかし、私が子どもの頃は食事前に歯みがきをしていました
朝起きたらすぐに顔を洗って歯を磨く、というのが決まり事でした
この習慣はご近所、親戚とどこでも同じだったようで、
朝食前ではなく朝食後に歯みがきをする、という人はいなかったような気がします
今から５０年ぐらい前の話です
（そのころ毎日歯みがきする人は八割ぐらいで
　全体の6割ぐらいの人が一日一回の歯みがきでした by 厚労省）

朝起きて顔を洗ったり歯を磨いたりするのは宗教的な意味合いが強いようです
日本でも仏教の伝来とともに歯をみがくことが伝えられました。
お坊さんが仏前に礼拝をする前に、身を清めて歯をみがいた事が、
歯みがき習慣の始まりであるようです

私が生まれる一年前（もう５０年以上前の話ですが）、
アメリカ留学をしていた一人の歯科医が日本に戻ってきました
その人がアメリカで学んできたことは、
歯周病を治すためには、しっかりとした歯みがきが必要不可欠である、
ということでした
つまり、それまでは、
歯周病にとって歯みがきは重要なこととは思われていなかったようです
その歯科医は日本でも歯みがきの重要性を理解してもらおうと頑張ったようですが、
まず他の歯科医に理解してもらうのが大変だったようです
私が子どもの頃の話です

一方むし歯については１００年前、
「歯みがきでむし歯は予防できる」と、
G.V.Blackという人が言っています
しかし不幸にも削って詰める歯科治療が流行り、
歯みがきでの予防が広まる事はありませんでした

むし歯がむし歯菌と甘いものによってできる事を、
わかりやすく説明したのはP.H.Keyesという人です
むし歯ができる原因として、
１歯、２微生物、３食事という三つの要素をあげ、
この３つの要素が組合わさるむし歯になり、
どれか一つが欠けてもむし歯にならない、ということを提唱しました
私が生まれた頃の話です（約５０年前）

「歯みがきがむし歯や歯周病予防のために大事である」
私が生まれた頃から徐々に広まっていったのではないでしょうか
(テレビコマーシャルの影響も大きいかな)

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今よりはるかずっと昔、歯医者のいなかった時代
むし歯や歯周病をなおす人はいませんでした
大昔でも歯周病の人は一定の割合でいたようでしたが、
むし歯はあまりなくて歯並びもよかったようです


文明が進歩した現代社会においては、
一昔前より減ったとはいえむし歯はごく一般的に見られるものであり、
歯並びの悪い人もどこにでもいます

さて、今から77年前の1939年にアメリカで、
Nutrition and physical degeneration（食生活と身体の変化）という本が出版されました
 （日本語訳もあります）

そのころの欧米諸国ではむし歯が氾濫していて、
歯科医はむし歯の穴を削ったり詰めたりすることに忙殺されていたのでした
こうしたなかで未開の地の人びと、つまり原始的な生活様式で過ごしている民族が、
健康的で素晴らしくいい歯をしていることに注目した歯科医、ウェストン・プライス博士は、
世界中のいろいろな地域で伝統的な自給食の生活をしている人びとの口の中の状態や、
顎顔面の形態や身体変化についての調査を行いました

調査したのは世界中のいろいろな場所14ヵ所
ヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカ、オーストラリアのさまざまな場所
（スイス、イギリス、カナダ、アメリカ、太平洋の島々、
　ケニアやコンゴ、スーダンなどアフリカ諸国
　オーストラリア、ニュージーランド、ペルー）
残念ながらアジアがありませんね
（欧米から遠いアジア…^^;）
 
（赤い部分が調査した地域）

その結果と考察の集大成がNutrition and physical degenerationという本です
 

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